F1から、日本の火が消えた…。トヨタ自動車は4日、1日に閉幕した09年シーズンをもってF1世界選手権から撤退すると発表した。10年3月期連結決算で創業以来となる2年連続の営業赤字が見込まれるなか、08年には年間500億円ともされた巨額の経費を投じて継続参戦するのは困難と判断した。国内スーパーGTや米NASCARなど他のカテゴリーは参戦を続けるが、昨年12月のホンダに続き、日本メーカーが姿を消す。
「巨人」が夢舞台から去る。所属する小林可夢偉(23)の最終戦6位入賞の興奮からわずか3日後。08年に市販車の販売台数で初の世界一になった「世界のトヨタ」が、自動車レース世界最高峰のカテゴリーから撤退する。そして、だれもいなくなった…。
2日にはF1にタイヤを供給する唯一のメーカー、ブリヂストンが来季後の撤退を発表したばかり。スーパーアグリ(08年5月)、ホンダ(同12月)に続き、1年半で3つの日本チームがすべてF1から消えてしまったのだ。
後ろ髪を引かれる思いだけが、残る。技術力向上と欧州でのイメージアップのため、99年に当時の奥田碩社長(76、現相談役)がF1参戦を発表。初陣の02年豪州GPでサロ(フィンランド)が6位入賞したが、通算8季139戦で最高位は2位。表彰台には13度立ったが、悲願の優勝には手が届かなかった。
盤石といわれた経営体制も、世界的な金融危機で大きく揺らいだ。2年連続赤字が確実になるなど、1年早くF1から撤退したホンダが09年9月中間決算で黒字だったのに比べると、改善が遅れている。自身、海外レースにも出場してきた豊田章男社長(53)は「ファンには申し訳ないが、苦渋の決断。部品の共通化や社員の出張の制限まで、全社を挙げて努力している現状、やむを得なかった」と説明した。トヨタの創業者、喜一郎氏の孫でもある創業家出身の社長による痛恨の幕引き。就任4カ月あまりで撤退を決断せざるを得なかった苦悩は察してあまりある。
F1は来季参戦13チームが決まっているが、今季までウィリアムズに所属した中嶋一貴(24)や可夢偉を育てたトヨタの育成プログラム(TDP)も縮小が決定。日本チームの消滅によって、F1を支えたマネーパワー、人材発掘でも地盤沈下は必至。F1存続を根幹から揺さぶる。




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