古田敦也、田中幸雄、関川浩一、鈴木健、そして佐々岡真司……。今年も、何人もの名選手たちが引退することになりました。私も現役を引退してから今年で15年になりますけど、現役時代に戦った相手も数少なくなってきました。そういう中で、古田と佐々岡には特別な思いがありますよ。今回は彼らとの思い出をお話ししたいと思います。
まず古田ですが、彼はメガネのキャッチャーはダメだという野球界の先入観を打ち崩し、メガネをかけた少年にも勇気を与えた画期的な選手でした。私はコンタクトレンズでしたけどね。
私は彼をキャッチャーのライバルとして、それはもう意識しておりました。それまで私はゴールデングラブとベストナインを3回獲らせてもらいましたけど、古田出現と同時にパタッと受賞が止まりまして、まあ勝負にならんという感じでしたよ。
彼について、同業のキャッチャーとして思うのは、同じチームでなくて良かった、それだけですね。彼がもし同じチームにいたら、私は全く試合に出られなかったでしょう。それだけ全てが素晴らしい選手でした。モノが違いましたよ。
古田と言えば88年ソウル五輪の日本代表ですが、この五輪メンバーが指名された89年のドラフトはそれはもう凄くて、今風に言えば野茂英雄世代というような錚々たるメンバーでした。野茂を筆頭に、与田剛、西村龍次、潮崎哲也、そして佐々岡です。誰が新人王を獲ってもおかしくない、素晴らしい即戦力たちです。この年、佐々岡は12勝を挙げましたけど、それでも31セーブの与田が新人王になりましたよ。因みに、先頃2000本安打を達成した前田智徳も、この年のドラフトで広島に入団しました。新庄剛志や佐々木主浩もこの年ですね。
さて佐々岡ですけど、史上6人しかいない100勝100セーブを達成したピッチャーです。私が受けたピッチャーではもう一人、大野豊もこの大記録を達成しています。とは言え、やはりピッチャーにとっては200勝の方がより大きな勲章でしょう。佐々岡も大野も、チームの事情で先発だ抑えだと配置転換をされてしまいました。ずっと先発だったら、2人とも200勝できていただろうと思いますよ。
しかしこの2人、対照的なところがありました。利き腕が違う、というのはもちろんなんですけど、佐々岡は球数が100球を越えると、ガクンと球威が落ちるピッチャーでした。大野はそんなことはなかったんですけどね。というのも、佐々岡はランニングが嫌い、大野はランニングが好き、という事情がありましたんで、仕方のないことなんですよ。やはりピッチャーにとって、ランニングは大事ですね。
この佐々岡と古田の間には面白い話がありまして、佐々岡は古田に対して少し遠慮するところがあったんですよ。佐々岡はソウル五輪のメンバーには残れなかったとは言え、アマ時代から古田と面識はありますし、オールスターなんかでもバッテリーを組むことはありますから、古田に対して強気の投球ができないんですね。そもそもピッチャーはキャッチャーに遠慮するものですしね。それで、ヤクルト戦で佐々岡は古田によう打たれたんですよ。池山隆寛、広澤克実といった当時のヤクルトの主軸は抑えてたんですが、なぜだか古田には打たれました。私としては、古田だけは抑えたいんです。誰も古田敦也と達川光男を比べようなんて思わなかったでしょうけど、それでも古田は抑えたい。それなのに、佐々岡は打たれるんです。インコースに厳しいボールを要求しても甘く入る。どうしてだろうと思いましたよ。
するとある日、グラウンドで佐々岡が古田に挨拶しているところを見かけたんですよ。そこで私は、佐々岡にこう言いました。「お前、今度古田に挨拶しよったら許さんぞ、わかったな」と。私が古田を嫌いだとか、そういうことではありませんよ。これから戦う相手と、これから戦う場所で仲良さそうにするなと、そういうことです。佐々岡も、どういう意味で私がそう言ったのかわかったんでしょう。そのカードの古田の打席で、佐々岡に厳しいボールを要求したら、キチッといいボールが来ましたよ。それ以降、佐々岡も古田にそれほど打たれなくなったんです。
昨今、先輩・後輩同士で挨拶したり、試合前に笑い合っている光景をよく見ますけど、戦いを前にした戦士のやることではありません。確かに礼儀は大切ですけど、試合前でなくてもいいじゃないですか。特にピッチャーは、対戦する野手に挨拶したりしちゃいかんのです。
挨拶といえば、87年に星野監督が中日の監督に就任したと同時に、これまで挨拶してきた中日の選手が来なくなったんですよ。どうも星野さんが禁止したようでして。それで、当時強かった広島カープは86年まで中日に勝ち越していたんですが、その挨拶をしなくなった87年に負け越して、それを境に勝てなくなりました。星野監督の選手起用や戦術が良かったのもあるでしょうけど、選手たちに戦う意識を植え付けたことが大きかったんだと思いますよ。
少し話は逸れましたけど、私の中で佐々岡との一番の思い出は、私が現役を引退する前年、91年の優勝ですね。あの年は佐々岡が大車輪の活躍を見せて、最多勝、最優秀防御率、MVPに沢村賞と、タイトルを総ナメにしたんです。最後にいい思いをさせてくれて、本当に感謝していますよ。
佐々岡投手、古田捕手、それに、私の現役の頃から戦い続けてきた皆さん、永い間ご苦労様でした。
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第16回 古田と佐々岡の思い出
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