月曜日のことですが、本当に残念なニュースが飛び込んできました。私とは現役時代からセ・リーグのライバル、引退後は共にフジテレビで解説者仲間となり、このコラムでもご一緒させていただいていた加藤博一さんが、56歳という若さで帰らぬ人となってしまいました。加藤さんとの思い出は、語りつくせないほどありますが、今回はその内の幾つかを皆さんにご紹介させていただいて、加藤博一さんという、誰からも愛された野球人への追悼に代えさせていただきたいと思います。
加藤博一さんと言えば、何と言ってもスーパーカートリオの一角。屋敷要、高木豊、そして加藤さんという快足トリオが一世を風靡しました。私と加藤さんの出会いは、それよりも少し遡った78年のことです。私がルーキーで、加藤さんは西鉄から阪神に移って3年目。私も加藤さんも、ファームと一軍の親子ゲームに出たりしまして、それほど強い印象を受けたわけではありませんでした。江川卓のデビュー戦で初ホームランを打って、ものすごく喜んでいたという印象はありましたけどね。やはり加藤さんが大洋(現・横浜)に移られてからは、「加藤博一」という選手を印象付けられました。
私はあまり肩が強くない方でしたんで、スーパーカートリオはスゴくイヤでしたよ。豊が出て走り、加藤さんが出て走り……という感じで。実は私、一試合でスーパーカートリオを全て刺したこともあるんですが、それ以上にとんでもなく走られました。
そういう中で一番の思い出というものがあります。ある試合で加藤さんがホームに突っ込んで、クロスプレーになったんですが、私がキツいブロックをしたことがあったんですよ。ちょっとやり過ぎだったんですが、加藤さんは何も言わずに下がっていきました。ところがその後、また加藤さんが突っ込んでクロスプレーになる、という状況がありまして、その時はヒジで思い切りアゴをやられました。私はその前のブロックのことがあったから、「やられて当然」と思いましたし、その時に加藤さんが何の文句も言わなかったものですから、自分も言っちゃいかんと思ったわけですよ。やられたらやり返す、やったらやられ返されるという、勝負の厳しさを教わりました。
加藤さんは選手時代の晩年、代打に回られることが多かったんですけど、それでも大変な人気がありました。加藤さんが登場すると、横浜スタジアムのライトスタンドが異様な盛り上がりを見せて、あの「ひっろかずー!」というコールとテーマ曲の蒲田行進曲を派手にやるわけです。ある試合の緊迫した場面で加藤さんが代打に出られた時、私は加藤さんに「早く打席に入ってくださいよ」と言ったことがあります。場面が場面でしたから、私も少し気が高ぶっていたんです。すると加藤さんは、「ちょっと待て、ワシには一打席しかないんや」とおっしゃられて、こう続けました。「あのライトの応援歌が終わるまで、ちょっと待っとってくれ」と……。私も、「わかりました」と言いました。
加藤さんは「ひろかずコール」が終わるまで屈伸運動をしたりして、それで打席に入りました。その時の加藤さんの集中力と言ったら、それは凄かったですよ。本当にファンを大事にしている加藤博一、そして本当に野球に一心に取り組んでいる加藤博一という姿を、まざまざと見せ付けられた瞬間でした。
こんな話もあります。ある時、大洋の選手に何を言っても答えてくれなくなって、私の得意とする「ささやき戦術」が通じなくなったことがありました。実は加藤さんが、ミーティングで「達川と話をするな」とおっしゃったそうで、コレには参りました。全くペースが掴めなくなりましたね。後で、解説者の同僚になってから加藤さん本人から聞いた話なんですけどね。
現役を引退されてからの加藤さん、解説者としての加藤さんは、現役時代さながらに活動的でした。「努力する姿をしっかり見てから伝えたい」というのが持論で、とにかく現場を取材されていました。たくさんの解説者がいますけど、加藤さんほど現場で取材されていた方はいないんじゃないでしょうか。
やはり下積みの長い方でしたから、レギュラーだけでなく控え選手の気持ちもわかる方でした。努力している選手の姿を伝えたがっていましたね。まさに浪花節でした。
裏方や、テレビ番組のディレクターにも気遣いが細やかで、打ち合わせも実に綿密。番組の制作風景の中では、アルバイトの子やまだ若いディレクターに対しても気さくに冗談を言い、解説用のVTRを作る時などはディレクターと付きっ切りでビデオを見て、「ここがこうなんや、ホラ、こうやろ?」と細かく説明されている姿をよく見かけました。一見バラエティの印象が強かったかもしれませんけど、陰ではコツコツ取材して、野球ファンにこれを伝えたい、という意識がハッキリしておられました。そういう姿を見て、私も非常に勉強させていただきましたよ。
そういう加藤さんと最後にユニホーム姿でお会いしたのが、一昨年の9月でした。横浜スタジアムで、試合前にスーパーカートリオ復活というイベントが行われまして、私はキャッチャー役をやらせていただいたんですよ。加藤さんは逆を突かれて牽制タッチアウトとなり、ファンの方々もその姿に大いに沸いたんですが、今思えば加藤さんは体がキツかったのかもしれません。一度お元気になられた時期ではありますけど、もしかしたら二塁に走りきれなかったのかもしれない。それで、ファンが喜ぶような牽制アウトという形を取られたのかも……。今になって、そんな想いがします。サービス精神旺盛な加藤さんのことですからね。
本当に誰隔たりなく接してくれて、仲間を大切にし、仕事熱心で、一途に野球を愛し続けた人でした。私とも純粋にお付き合いをして下さいましたし、色々教わることもありました。本当に、野球界にとって惜しい方を亡くしたと、残念な気持ちでなりません。
加藤博一さん、本当にありがとうございました。心からご冥福をお祈りします。
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第20回 名野球人・加藤博一さんとの思い出
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