第74回日本オープンゴルフ選手権競技は近年稀に見る熱戦。記憶に残るプレーオフを勝ち抜き、初のツアー優勝を手にしたのは32歳の伏兵・小田龍一だった。
プロ、アマを問わず男子ゴルファーが様々なカテゴリーを経て「日本一」の称号に挑む最高峰の戦い、日本オープン。誰もが憧れる大会の今年の舞台は埼玉県・武蔵CC豊岡C。名匠・井上誠一設計のコースは、全ホール通じてフラットながら、小さな砲台グリーンと粘りの強いラフ、102個を数えるバンカーで連日選手を苦しめた。
そんな中、爆発的なスコアではなかったものの3日間、着実にパーを拾うプレーを続けた小田は、最終ラウンドをトップの石川遼に4打差の通算1アンダー5位タイで迎えることとなった。
1日で17,687人のギャラリーを集めた最終日。注目は当然、石川に一身に集まった。最終組の3組前でスタートした小田は、5番、7番でバーディが先行。そして迎えた8番453ヤードのパー4。小田のティーショットは大きく左に引っ掛け、山の中…のはずが、何かに跳ね返ってフェアウェイまでボールが戻ってきた。
「8番は凄かったですね。あれは、うちの嫁さんに当たったんですよ」…なんと、トラブル必至のボールが妻・優子さんの左胸の鎖骨付近に当たったのだ。優子さんはそのまま医務室にいき、少し腫れる程度で事なきを得たが、これに動揺した小田はそんな“ラッキー?”なフェアウェイからのセカンドショットをまたも引っ掛け、グリーン左のバンカーへ打ち込んでしまう。だが、そこからまさかのチップインバーディ! 「女神でしたね、今日は」と小田は笑った。
2001年にプロになった小田は、地元・鹿児島のゴルフショップで働いていた優子さんと知り合い、03年に結婚。以来ローカルの試合もツアーも全試合、全ホール、小田に付いて回り、移動の運転手も務めている。05年にシードを取る前も同様だったというから、優子さんの献身ぶりには頭が下がる思いだ。
大会はその後、小田の後半3連続バーディなどもあり、最終組の石川、今野康晴も一歩も譲らず通算6アンダーに並んで3つ巴のプレーオフに突入。18番の繰り返しで行われた息詰まるマッチは、2ホール目でひとりバーディを奪った小田がツアー初Vと5年間のシードを獲得した。
ゴルフはひとつのプレーで大きく流れが変わる。悪い流れに行きかけたのを引き止め、最終日のスタート前には「(優勝のことは)ひょっとしたら、ということさえも考えていなかった」という小田を、結果自らの手で優勝へ導いてくれたのが夫人だったのだ。
勝利後のインタビューで夫人の名前を聞かれた小田は「優子。優勝の優ですね、やっと言えます」と、ツアー初勝利の味、そして同時に今年のゴルファー日本一になったという実感を噛みしめていた。
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小田龍一、妻とつかんだゴルファー日本一の称号
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