ドリームチーム特集 - MSNスポーツ
バスケットボール発祥の地をご存じだろうか?1892年、アメリカのマサチューセッツ州スプリングフィールドでこのスポーツは生まれた。 約60年後にはプロリーグであるNBAが設立され、1936年のベルリン・オリンピック参加から1992年のバルセロナ五輪まで15大会、アメリカは常に主役だった。ところが、アテネ五輪では銅メダルに終わっている。 世界最強を誇るアメリカ代表が、なぜこのような事態になっているのか?
そうして、ドリームチーム結成に向けて動き出したのだ。最も意欲的だったのがマジック・ジョンソン。「国のために戦うことは、NBAで優勝するより価値がある」と語ったマジックは、腰を痛めていたラリー・バード(セルティックス)を説得。続いて、ロサンジェルス五輪(1984年)で金メダルを奪っていて、五輪には興味のなかったマイケル・ジョーダン(ブルズ)にも出場の約束を取り付けた。
1991年夏、マジックはHIVウィルス感染を理由に現役を引退したが、オリンピックへの情熱は失われなかった。 こうして、ドリームチームは、現実のものとなったのだ。
(写真左)セルティックスの象徴、ラリー・バード。しかし、バルセロナ五輪を最後に引退を発表。(写真右)HIVウイルスに感染するという悲劇に遭遇しながらも、戦うことを選択したマジック。
バルセロナ五輪のコーチ陣、左から2番目のマイク・シャシェフスキーは、北京代表のヘッドコーチを務めている
今さらだが、われわれは92年バルセロナ五輪代表チームのことを〝ドリームチーム〟と呼んでいる。まちがいなく、歴史上最高のバスケットボール・チームだった。大学生で招へいされたクリスチャン・レイトナー(デューク大)を除けば、全員が殿堂入り確実と言っていい。
ちなみに、選ばれても不思議でないアイザイア・トーマス(ピストンズ)はリストから外された。これは、まったくのうわさで裏付けはないが、MJが彼のチーム入りを望まなかったからと言われている。さらに言えば、マジックも彼のことをよく思っていなかったという話もある。
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※写真は『HOOP』8月号より
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